10年越しの恋
一人取り残されたテーブルで立ち上る湯気を眺めていた。

産むという選択以外雅紀を、自分の家族を傷つけない方法がないのは分かっている。

でもなぜか産む勇気が持てなかった。

雅紀の母親とさえちゃんに言われた言葉。

”お金目当てで雅紀をだました”

それを否定するには堕ろすしかないそんな考えに囚われていた。

店を出ると駐車場に雅紀の姿が見える。

近づくことができずに離れた場所に立ち尽くしていると車を私の前にすっと停めた。


「乗れよ」


運転席から身を乗り出しドアを開いてくれる。


「…うん」


車を走らせ、みんなでBBQをした河原へと向かった。

人もまばらな堤防の芝生の上に体を投げ出した雅紀の隣に小さく膝を折って座った。


「さっきはかっとなってごめん」


「まあちゃん……」


「でもどんだけ考えてもなんで瀬名がそんな風に言うのかが理解できない」


そうだよね、私だって本当は産みたいんだよ。


「一生懸命考えたの。私達がまだ生まれてもいない華ちゃんのことを大切に思うように、まあちゃんの両親も同じように考えて反対してるんじゃないかって」


「だからこそ賛成するべきだと俺は思う」


「それに私もこんな学生結婚みたいなのちょっとだけ嫌だなって…。ちゃんとウエディングドレスとか着て友達に祝ってもらってそれで…」


絶対に泣かずに伝えよう、そう決めていたのに。

零れおちそうになる涙をごまかすために空を見上げた。

そして一つ大きく息をして最後の言葉をつなぐ。


「今回は諦めよう、まあちゃんごめんね」


雅紀は何も言わずに悲しい目で眩しく光る川面を見ていた。
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