10年越しの恋
公園から家まで3分程の道のり。

いつもなら遠く感じるのに、どんな顔をして帰ればいいか分からない今日は気持ちの整理がつかないまま家の前に着いてしまった。


「ただいま」


玄関で靴を脱いでいると2階のリビングから聞こえる騒がしい声。

お盆で親戚が集まると言われていたのを思い出す。

重い足取りで階段を上がると昼間からのお酒で上気した雰囲気が廊下まで伝わってくる。

そっと自分の部屋がある3階へと駆け上がろうとすると私を呼ぶ声が聞こえた。


「いらっしゃい、みなさんお揃いで」


仕方なく顔を出すと見慣れた顔が勢ぞろいしている。


「遅かったじゃない、楽しかった?」


そう話しかけるお母さんの顔は全くのポーカーフェイスで、一昨日家を出る時に見せた悲しい表情はどこにもなかった。


「うん、すっごい楽しかったよ。とりあえず着替えてくるね」


両親に告げなかった罪悪感に上手く顔を見ることが出来ず、逃げるように部屋へと駆け込んだ。

たった2日帰っていなかっただけなのに、自分だけの孤独な空間へと戻ってしまった部屋を見渡す。

床に放置された”たまごクラブ”が悲しい残骸のようだった。

持っていた荷物を床に放り投げてTVを点けると、その横には数週間前まで吸っていた湿った煙草が目に入る。

久しぶりに手にとってライターの火にかざしてみた。

吸い込んだ煙はもうメンソールの味が抜けきったただ苦いだけのものだった。

改めてここで何度もまだ小さく膨らんだお腹に手を当てて華ちゃんに話しかけたことを思い出す。

みるみる溢れてくる涙を拭きながら着替えていると、


「瀬名! みんな待ってるから早く下りてきなさい」


そんな母の呼ぶ声に仮面を被りなおし、親戚中で一番年下の瀬名の顔で階段を下りた。

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