10年越しの恋
細い糸を通した針を手に格闘すること2時間、雅紀との待ち合わせになんとか間に合った。

手のひらサイズの小さなピンク色のテディーベアーをテーブルの上に座らせて煙草に火を点ける。

今度は新鮮なメンソールの香りが肺を満たした。



♪プルルルル♪

約束通りの時間に電話が鳴る。


「着いたよ、公園の前。出られる?」


「うん、すぐに行くね」


カバンへ携帯を入れ、思いを込めた小さなクマを手に部屋を出た。

いまだ騒がしいリビングは家を出て行く私の足音すら気付かないみたいだった。


私たちは華ちゃんを安らかに眠ることのできる場所へ運ぶために車を走らせた。

雅紀と私が住む街の間に位置する山の頂上にあるお寺。

ここならちょうど二人の間で寂しくないだろうと決めたところだった。


急なカーブを何度も曲がり登りきった所にある駐車場はお盆ということもあり埋め尽くされている。

わずかに空いた場所に車を停めてドアを開くと濃密な山の匂いとお線香の香りがした。

本堂へと続く砂利道の脇には遅い時間にもかかわらず屋台がたくさん出ている。

そんな賑わう周囲を横目に本堂へと続く石段を複雑な思いで見上げた。



「瀬名、結構長そうだから無理しないで」


差し出された雅紀の手を握り一歩づつ華ちゃんへの思いを確認するように上を目指す。

数百段の階段を上りきったそこには凛とした空気が漂う澄み切った空間が広がっていた。
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