10年越しの恋
瀬名が挨拶に来た日の経緯を何も知らない親父に伝える、隣の部屋で聞いていたこととして。

ただ黙って話を聞き終えた親父がさえの頬を引っぱたいた。

温厚な親父が男の俺を殴ることはあってもさえに手を上げたのを見るのは初めてだった。


「どうして私が叩かれないといけないの?」


赤くなった顔を覆いながら親父をにらみつけるさえを容赦なくもう一度引っぱたく。

そして母親を怒鳴りつけた。


「お前たちはこの家の恥だ、瀬名さんに土下座して謝ってきなさい」


二人のすすり泣く声がますます俺を苛立たせる。


「お前らがしたことは謝って許されることじゃない、絶対さえの結婚ぶっ潰してやるから」


こみ上げる怒りにテーブルを拳で殴りつけた。


「雅紀、ごめんなさい。ママそんなつもりじゃ」


「じゃあどんなつもりだったんだよ、俺の子供を返せよ!」


決定的な一言だった。

こんなことをしたってもう華が戻って来ないことは分かっている。

でも許せなかった。

こんな家で夢もなく生きてた俺をがんばって幸せになろうねといつも笑顔で励ましてくれた瀬名から笑顔を奪い、そんな俺達の大切な命を奪った母親と姉貴を肉親だからこそ心から恨んだ。


みんなが黙り込む中で泣きやんださえが突然叫んだ。


「私の結婚は絶対に邪魔させないから」


「私は幸せになってみせる」


見栄や欲で固められた家族。

俺と瀬名が引かれ合った理由がやっとわかった気がした。

互いに体のどこかで抱えている寂しさがその存在によってぴったりと埋まったんだと。
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