10年越しの恋
夜10時 いつもの時間に携帯が鳴った。

反射的に相手も確かめずに2コールで取る。


「もしもし、まあちゃん?」


「ふふ、残念でした。さやでーす」


「えっ! さやー。久しぶり」


5月に東京へ行ってからもメールは頻繁にやり取りをしていたが、電話で話すのは初めてだった。


「雅紀君にはあんな甘えた声だすんだね」


「もう!それよりそっちでの生活はどう? もうだいぶ慣れた?」


「それが微妙なんだよね、なんか想像してたのとは違うっていうか」


憧れた東京の出版社での仕事は何故かお茶汲みやコピーばかりで全く編集業務はさせてもらえないみたいだった。


「もう3ヵ月経つのにね」


「そうなの。それに小さな会社だって言っても大手には入れなかったエリート大学出の社員が多いから、私達が出た大学なんてバカにされまくりだし」


「確かに関東の大学を入れると5流だもんね」


自嘲気味に二人で笑い合っているとあっという間に学生時代の楽しかった空気感が戻ってくるのを感じる。


「瀬名はどうなの、試験勉強の方は」


「これまた微妙かも……」


「頑張ってよ! 希望の星なんだから」


相変わらず微妙なさやの発言に小さく笑みが零れる。

でもね、もうそんなにいいもんじゃないんだよ。

何も知らないさやに話したい気持ちで一杯になったけど、煩わせちゃいけない。

そう思ってわざと精一杯の明るい声で、


「おう! がんばるよ」って答えた。


「そうそう本題を忘れるところだったよ」


「何?」


「お盆に帰れなかったから今週末そっちに帰るの。久しぶりに会えない?」


「もちろん! 他の予定キャンセルしてでも会うよ」


「じゃあ土曜日空けといて。時間は直前に」


「OK 土曜日にね」


久しぶりに聞いたさやの声は懐かしくて暖かい。

さやは太陽やヒマワリみたいな存在だと思う。

彼女の持つ強さやしなやかさにいつも癒され、そして憧れていた。

だからこそさやには知られたくなかったんだ。
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