10年越しの恋
さやさんに促されるように店内へ足を踏み入れると一番入口に近い席でさえが無残に真っ赤に染まったセーターをタオルで拭いている姿が目に入った。


「弟君が迎えに来たよ」

さえを取り囲む派手な化粧の女が俺の到着をさえに知らせると、「早く連れて帰って」

しおらしく涙ぐみながら俺の腕を取る。

そんなさえを押しとどめるようにさやさんの方を見た。


「そういうこと、私がやったんだよ」


酔うといつも楽しそうになるはずの目が真剣だった。


「私はこの女を許せないから、そして雅紀君も」


強気に微笑むさやさんの目から涙がこぼれる


「ごめん、でもありがとう」


そう言って店の外へと出た。


「もう最悪だよ! 早くシャワー浴びたい」


歩き始めたとたんさっきまでの態度を一変させたさえを気がつくと突き飛ばしていた。


「なにすんの」


「何したって聞きたいのは俺の方だよ! 一歩間違ったら瀬名死んでたかもしれない」


「どういう意味?」


「そういう意味だよ、あんたそのまま電車で帰れば。いい気味だよ」


「雅紀待って!!!!」



追いかけてくるのを無視して車へ向かい急いでエンジンをかけて走りだした。

深夜のがらんとした道でアクセルを踏み加速を続けながら思った。

冷静に対処しようとしすぎてますます瀬名を傷つけていたんじゃないか?

だから何も言えずに自分を追いつめていったのか?

今日どんな気持ちで瀬名が薬を手にしたのか。

許せないと言ったさやさんの言葉が重く心にのしかかる。

目にした光景。

俺の代わりに思いを晴らしてくれたさやさんの気持ち。

くやしさにこみ上げる涙で前が見えなくなる。

車を側道に停めて1人声をあげて泣いた。
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