10年越しの恋
3人とも黙ったまま煙草に火を点けると倉庫の一角には白い煙が充満する。

どうしようもないぐらいに逆立っていた感情も何度か紫煙を吸い込むうちに幾分収まって行くような気がした。

もう昼休みが始まって20分以上経過した社内は静まり返り人の気配すら感じられない。

あえて自分からさっきの事情を事細かに二人に話す気にもならずにもう1本、新しい煙草に火を点けようとしたが上手くライターが点かずにイライラする素振りを見せるとジッポ独特の金属音に続いて真っ赤に燃える火がさしだされた。


「少しは落ち着いた?」


何も聞かないでいてくれた江崎君だった。


「なんか見苦しいところ見せてごめんなさい」


血が上っていた頭が冷えてくると自分の醜態を見られたような気がして急に恥ずかしくなる。


「瀬名ちゃんが謝ることじゃないよ」


偶然会社に戻ってきた二人はことの次第を最初から最後まで見ていたらしい。


「でもどうして森経理部長に電話変わってもらわなかったの?」


「だってなんか悔しくて。私のミスならまだしも金田の裏工作の為にどうしてあんな風に言われなきゃいけないのかって」


「分かるけどさ… もっと上手く立ち回らないとやってけないよ」


大野君の言う通りだと思う。

どうせただの事務員なんだ。社内で一番若いことを利用して無難に可愛く笑顔で仕事をこなしていればいい事は分かっていた。


「だって許せないんだもん」


自分の中にある複雑な気持ちを二人に話しても分かってもらえないような気がしてこんな子供のいい訳のような言葉しか出てこなかった。


「とりあえず昼ご飯ちゃんと食べて、森さんと話しすること。いいな」


現状で考えられる1番適切で当り前なアドバイスを残して二人は現場へと向かって行った。
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