10年越しの恋
「俺って咲なんだ?」


おどけて見せるケンをあえて無視するようにグラスに残っていたワインを飲み干す。


「別れようかと思って」


曖昧な状態で心の中にあった気持ちを口にしたらふと気持ちが軽くなるのを感じた。


「マジで? どうして……」


ケンは信じられない面持ちで私を見ている。


「どうしてもこうしてもない。もう辛いの!」


「なんでだよ。あんなに仲良かったのに」


「向こうの親が歓迎してくれないの! 私はお姉さんって言っても年下だけど、それの結婚の邪魔なんだって」


不快な感情も言葉にすると私の耳には案外すんなりと入ってきた。

でも店内に抑えられたボリュームで響くハワイアンミュージックが聞こえてきたことでケンが何も言わずに拳を握り締めていることに気づくことが出来た。


「それって瀬名が大学院進学辞めたことになんか関係あんの?」


「かもね。でももう終わったことだし。そこんとこは関係なしで今日は朝まで付き合って」


「何があったんだよ」


「お願いだから聞かないで傍にいて」


想像以上に切羽詰まった声が出て悲しく響いた気がした。


「分かったよ。もう一本ワイン飲もうか」


それからは雅紀とのことには一切触れずに飲み続けてくれた。


ラストオーダーの声が掛る。


「まだ2時なのにね。次はどこに行く?」


「とりあえず出よう」


まっすぐ歩けない私の手を引いて外に出た。


「なんか暖かいね」


「瀬名の手冷たいな。冷房で冷えたか」


雅紀とは違う温度の手を握って空を見上げると雲一つない空に真ん丸な月がビルの谷間に輝いていた。


「ねえ、もう少しだけ一緒にいて」


月明かりに照らされたケンの顔を見上げるとそっと抱き締められた。


「あと少しだけか……」


抱きしめる手に力が込められる。


「ケン?」


「なんでもない」


体を離して改めて手をつなぎ直して誰もいないビジネス街を歩いた。

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