10年越しの恋
翌朝ベランダで洗濯物を干す物音で目が覚めた。

窓越しにも空が綺麗に晴れ渡っていることがわかる。

真冬でもスエットにTシャツ姿で寝ている私は床に脱いでそのままの形であったフリースに袖を通してベットから立ちあがった。

煙草臭い部屋に新鮮な空気を入れようと窓を開けるとちょうど転がるボールを探しにきたモモと目が合う。


「おはよう」


そう言って網戸も開いて手を伸ばすと嬉しそうにしっぽを振って冷たい鼻を掌にこすりつけれくれた。


「お母さん、おはよう」


機嫌を伺うように声を掛けてみた。


「昨日遅かったのに珍しく早いじゃない」


真っ白なシーツを手に物干し竿に向かうその表情は悪くない感じだ。

子供みたいに感情の起伏の激しい母親だから物事を伝えるタイミングはとても大切。

いつもと同じ行動をしていてもダメな日は突然キレる、だからこの人には何も相談出来ないでいたんだ。

いつも自分のことで精一杯のように見える。自分が年を重ねれば重ねるほど親の弱さや矛盾が目についてきて、なおさら何も言えなくなっていた。

なるべく平和に昼間を過ごそうと運転手をかって出て買い物に行き、掃除や夕飯の準備も率先して動いた。

夕方久しぶりにキッチンに二人で並ぶと50代後半を迎えた母はいつの間にかとても小さくなっている。

野菜を切るその手もしわができ、皮膚も薄く青い血管が力を入れるたびに規則正しく浮かびあがる。

そんな姿に一人っ子の私は親がいなくなったら一人ぼっちなんだって少しだけ不安を覚えた。

そうこうするうちにかごには白菜、水菜、チンゲン菜など野菜がきれいに盛られて行く。


「材料はこれでOKだからよせ鍋の出汁の作り方教えてよ」


「そうだね。早く色んなお料理教えないといつ死ぬか分かんないもんね」


こうして二人でキッチンに立って、母親も同じ気持ちだったのかもしれない。
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