心と、音で。─1年生編─
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「二人だって何か思うことはあるんだからさ。その気持ちを尊重しようよ」


由希はそう言って、早く音楽室に行こうと私の腕を引っ張る。


でも私はその場から動かない。


「杏里…!」


由希は何度も私の腕を引っ張る。
あすかは不安そうな瞳で私を見つめる。


私、気付いたんだ。


力と陽向は、迷っているんだって。


瞳がそう訴えてる。


だから、敢えて言うんだ。


「私、二人の音、好きだった。高校でも、またその音を聴けたらなって、思ってた」


力と陽向は、私と視線を合わせてくれない。


きっと、迷いが大きくなってきているんだ。


「…また、みんなと一緒に演奏したいな」


そう言って、私は由希に腕を掴まれたまま、せかせかと歩き出した。
あすかはそのあとを慌てて追い掛けてきた。





【広side】


杏里達が音楽室に行ったあと、僕はその場に残った。


力と陽向を見ては、「はぁ」と溜め息をつく。


杏里は二人が迷っていることを見抜いたんだ。
だから、わざと更に揺さ振るようなことを言ったんだ。


二人に、これからも吹奏楽を続けてほしいから。


…正直言えば、僕もこの二人には吹奏楽を続けてほしいと思う。


もったいないんだよ、ここで辞めるのは。


これはお世辞でも何でもないけど、力と陽向には素質がある。


力の深みと艶のある音を奏でるフルート、陽向の華やかで高らかに鳴るトランペットは、真っ直ぐに聴く人の心に届く。


そして、その人の心を捕らえては離さない。


“宝の持ち腐れ”…と言うのは大袈裟だろうけど、その実力は評価していいと思う。


少なくとも、二人の心の中には“吹奏楽を続けたい”という気持ちはあるんだ。


ただ、別の“何か”が邪魔してる。


なら、僕がその“何か”の邪魔をして、さらに揺さ振ればいい。


「…広は、行かなくていいのかよ」


僕は力の質問を無視し、全く違う質問を返す。


「迷ってるなら、そう素直に言えば良かったんじゃないの?」


「…言えたら、そう言ってるさ」


開き直りにも近い力の答えに、僕はカチンときた。


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