私は一生、蛍を見ない
「…あれ?」
弓道場には誰もいなかった。弓道場の隅の机の上に置き手紙があった。
『美紅&雷君へ
先に帰るよー☆
弓道場の戸締まり、よろしくね♪
留衣』
「なんだよー、アイツら全員、一斉に帰っちまったのかー?何でまた…」
「…今日は『ツーピースのアリエッティ』最終回だからだろ……」
私は今朝読んだ新聞のテレビ欄を思い出して言った。今、老若男女問わず大ブームのアニメだ。何でも、世界一の海賊王を目指す小人の少女の話らしーが…私はあまりアニメに興味がないので見ていない。が、部員のほとんどが毎週欠かさず見ているらしく、先週からみんなの話題に『ツーピースのアリエッティ』の最終回の話がよく出ていた。今日がその最終回の放送日。しかも後、三十分で放送が始まるはずなので、みんなが一斉に帰った理由は、おそらくそれだろう。
「あ〜?あの今流行りのアニメか?んだよ〜、あいつらアニメ見るために俺ら放置プレイしてさっさと帰っちまったのか〜?」
「しゃーねーべ。ってか雷は見てねーの?『ツーピースのアリエッティ』」
「俺が欠かさず見てるのは『絞めろ!ボンキッキ』と『お父さんと共に』だけだ。わざわざ毎回録画して見てる」
「……………」
雷が挙げた番組は、どちらも、いい歳した男子高校生が見ているところは想像したくないような、子供向けの番組である。異常に陽気でハイテンションな、おにーさん、おねーさんや中にどんな人が入ってるのか謎の着ぐるみ達が歌ったり踊ったりするヤツだ。ヒジョーに健全な教育番組なのだが、コイツが見るにあたっては、むしろ不健全なのではなかろうか?テレビ画面にかじりつき、登場人物達と共に歌ったり踊ったりする雷………やっぱ不健全だ、不健全の極みだ変質者だ。男子高校生なら、アダルトな番組を見る方がまだ健全なのでは、という気がする。
「……どーする?私達も帰るか?」
テレビ番組の話題は、あえて何もツッコまず綺麗に流すことに決め、話題をかえた。
「…え〜?俺、腹減った!ここで菓子、貪り食って一服してから帰ろーぜ。まったりとな。」
「貪り食うって…どんだけ飢えてんだ…。まぁいいか。んじゃ食ってから帰るか」
私と雷は弓道場のど真ん中に二人して陣取った。
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