私は一生、蛍を見ない
「私は…あの人達を愛せない…」
私は俯いて呟くように言った。
「…俺、美紅の気持ち、聞いていいのか?」
「え……?」
雷の問いの意味がわからない。
「私の気持ちを聞いていいか…?」
「ああ。美紅にとって、気軽に言えるようなことじゃないだろ?家に帰りたくない理由とか家族に対する気持ちとか…別に俺は美紅が言いたくないなら聞かないし。ただ美紅が帰りたくないって思ってることに気付いたから、出来るだけ美紅が家にいる時間が短くなるように寄り道に誘っただけ」
私は雷に、帰りたくないと思っていることに気付かれたから、きっと理由を聞かれると思い、覚悟して、話したくないけど、理由を話さなくてはいけない、と思っていた。
でも雷は、言いなくないなら言わなくていい、と言った。
「…雷は……理由を聞きたいとか思わないの…?」
人という生き物は他人の不幸が好きだから。たいていの人は私が家に帰りたくないと思っていることを知ったら、きっと無神経に、根掘り葉掘り、理由を聞いてくることだろうと思う。それも、さも『自分はあなたのことを心配しているのよ』『あなたの気持ち、わかるわ』なんて、本当はただ、他人の不幸話を聞きたいだけのくせに、白々しく演技しながら、いい人面して聞いてくるのだ。
なのに雷は何故、理由を聞こうとしないのだろう?
「だって、俺は美紅じゃないから」
「?」
「俺は美紅と違う人間だから、美紅と全く同じ状況におかれても、美紅と全く同じ気持ちにはならない。似た気持ちを持つことはあっても、100%美紅の気持ちと同調して理解することは不可能だよ。それに美紅が俺に話してくれても、俺が美紅に何かしてあげられるとは限らない。俺は自分が誰かを救ってあげられる程、優秀な人間じゃないとわかってる。誰かを救うって、簡単なことじゃない。凄く難しいことなんだ。人が誰かを100%理解することができない以上、よかれと思ってしたことが相手の状況を余計に悪くしてしまうことすらある。だから俺は無責任に、美紅にとって重要な、家に帰りたくない理由や気持ちを聞こうとする気はないよ」
「………………」
「でも!」
「?」
さっきまで真剣な表情と声音で喋っていた雷が、急にいつもの明るい声に戻った。
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