新撰組のヒミツ 壱
山崎の心臓に悪い言葉を言った光は、それきり、がくりと首を垂れて寝てしまった。彼女の頭を持ち上げ、自分の左肩を枕代わりにして支える。


(……口、開いとる)


上を向かせたせいか、光は無防備に唇が半開きになっている。だらしないと言うよりは、紅ではなく自然な桃色が蠱惑的に誘っているようだ。


それに魅入られた山崎は、一瞬もたげた欲望を強力な理性で抑えつける。そして、光の開いた唇を、彼女の顎を下から支えることで閉じた。


(クソ、わざとやったら許したらへん。ほんまに人が居って良かったわ……。居らんかったら、)


誰も知らない顔を自分に見せてくれる光は、山崎の胸を恋慕の情によって強く焦がした。


手を回していないだけで、ほとんど後ろから抱き締めている形になっており、目の前にいる芸妓は口元を押さえ、言葉を無くしていた。


「す、すんまへん、御武家様。その……」


目の前の芸妓は色を無くし、山崎と彼にもたれる光に目をやった。そう言えば、彼女は光に酌をしていた女である。


酔いつぶれた光を、とても心配そうに見る山崎に罪悪感でも湧いたのだろうか。


遠目だったが山崎は見ていたのだ。光が浴びるように酒を呷り、何やらとても険しく思い悩んでいる表情でいたことを。


すぐに止めさせたかったが、山崎とて上の立場の人間から酌をされてしまえば、離れることは出来ない。


「そのお方が酒を、と仰って」


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