新撰組のヒミツ 壱





息を吸う。息を吐く。吸う、吐く。


一定の感覚で呼吸をしていると、邪念が綺麗に消え去り、無心になることが出来る。


雀のさえずりと、隊士たちが道場へと向かう談笑の声が、目を頑なに瞑る光の耳に届いてくるのだ。


それさえも聞き流し、心を落ち着ける。数回深呼吸を繰り返し、いつもは多用しない、太刀の柄を強く握った。



――よし……。



本邸から道場に向かう隊士に混じり、光は黒く簡素な袴を翻して道を進んでいく。


途中、隊士に挨拶をされたため、いつもより険しい表情で挨拶を返すと、彼らは怪訝そうに首を傾げ、光に注目を集めた。


当の光は、標的――楠小十郎の背中の少し手前まで迫り、発したこともないような低い声を掛ける。


――いきなり斬りつけることはしない。


「楠小十郎! 貴様……長州の間者だな」



周りの空気が固まった。隊士たちが一斉に動きを止め、光と楠に信じられないというような視線を送った。


「大人しく捕まれ」


「っ…………!」


女のように色白で綺麗な顔を、見るに耐えないほど青ざめさせた楠は、直ぐに背を向けて、逃走を図る。


隊士の疑いが確信へと変わった瞬間であり、楠が光の術中に嵌ってしまった瞬間でもあったのだ。


「裏切り者が! 貴様ら長州の間者が芹沢局長らを闇討ちしたことは、監察方が調べ上げた! 仲間の仇! 逃げるなら斬る!」


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