新撰組のヒミツ 壱
この事件の真相を知っているのは、暗殺に関わった四人に加え、近藤、監察方の山崎、光の七人である。


島田や吉村、斎藤は間者の捜索、始末をしたのだが、芹沢が身内によって暗殺されたとは知らない。本当に間者が下手人だと思っているのだ。


「井岡、ご苦労だった」


そこにやってきたのは、朝だというのに身なりが完璧に整っている新撰組副長、土方歳三であった。


「ここにいる者は聞け! 荒木田と御倉、楠は長州の間者だ。そして二人は原田と斎藤が斬った。

……井岡。今日の指南は総司にさせる。死体の処理も別の奴に頼むから、もういいぞ」


まるで、何事も無かったかのように「わかりました」と従順な返事をする光。


刀を一閃させて付いた血を振るい落とすと、落ちきらなかった血を懐紙で拭った。一連の動作は流水のように淀みがない。


――慣れてやがるな。


よく言えば武士、悪く言えば人斬りのような動きに見入っていた土方は、一瞬だけ眉を寄せた妙な顔をした。


「では」


何かを言いかけた土方を遮るように、光は優雅な礼をすると、早速踵を返し、足早にその場から立ち去った。


赤黒く湿った服。

頬に付いた赤い飛沫。


五感全てにそれを感じ、ゆっくりと道を歩む光は、そっと目を瞑った。今し方息を引き取った間者への言葉を胸の裡で呟いたからだ。


この死が意味のあるものであり、この所業が歴史の一頁となるのだ、と。


冷たい歴史書の字面では分からない温かみが――この世界が逃れられない現実だということを、皮肉にも斬り捨てた敵の温もりによって強く痛感した。




九月二十六日、長州間者を粛清。




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