魔界動乱期
【ふむ、確かに格好がつかぬか】

下ろされたジードは妖狐と向き合う形で立ち上がり、ジーっと妖狐の顔を見つめた。

【どうした?】

「あ、あの、髪に埃が……」

そしてジードは埃を取るふりをして、妖狐の前髪をかき分け、しばらく凍りついたように固まった。

【……?】

ジードは今まで自分以外のヒューズを見たのは、賞金稼ぎのケルゲリオとこの戦いでのエージェントの二魔ぐらいである。
それでもはっきりと分かった。

「女……」

胸の膨らみ、そしてその素顔。
はっきりと女だと分かったのは、妖狐の素顔があまりにも美しかったからだ。
ジードがしばらく固まったのは、その美しさに見とれていたからであった。

ラウドが‘ギルシャスの英雄’と呼称されるように、妖狐にもいくつか呼称がある。
‘冷酷非道の妖狐’、‘伝説の魔族’、そして‘魔界一の美女’。
誰もが妖狐に恐れを抱き、そして誰もが魔界一の美女の顔を一目拝みたいと思っているくらいだ。

【ヌシは自分が何者か知っておるか?】

「はっ……え!?」

突然のこの質問に、ジードは我に返った。

「妖狐さんは……俺が何者か知ってるのかい!?」

自分が何者なのか。
それはジード自身が一番知りたかった事なのだ。
いつからかジードは‘夢の声’に飲み込まれ、自分が自分でなくなってしまうのではないか、という得体の知れない不安と戦っていた。
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