魔界動乱期
それは妖狐にも同じ事が言える。
旧友であるギルシャスの血を引き、優しい雰囲気を持つエレナを、妖狐は好意的に見ている。
底抜けに明るく、仲間を想う激情を持つバルザベルク。
何者も寄せ付けない強さと、全てを包み込む温かさを持つラウド。

この三魔の輪の中で過ごす時間は、妖狐の二千年以上の歩みの中で唯一、戦いを忘れられる時間であり、孤独から解放される時間であった。

【ん……】

「妖狐!」
「妖狐さん!」
「妖狐さん!」

【ここは……?】

「ギルシャス城の医務室だ。お前が目覚めて安心した。しばらくここで休め」

「毎日お見舞い来ますからね!」

「ま、まあ、あたしは毎日城にいるから、たまには来るわよ」

こうして三魔は部屋を後にした。
しばらくすると、また違う魔族が医務室を訪れる。

「お前さんが戦いで傷付き倒れるとはのう。もう戦いはやめたらどうじゃ?スパニーボに住み着いたのも、儂らを案じての事じゃろう?」

【ギルシャスか。ヌシを心配する義理などない。自惚れるな】

現れたのは‘正義の魔族’と魔界全土で信望の厚い、ギルシャス王である。

「お前さんは優しすぎるんじゃ。戦いをやめて‘女’にでもなれ。今の時代、お前さんを守れる魔族は少なからずおるじゃろう」

【我を守る……。確かにな。我は二度も救われた】

「ラ、ラウドはダメじゃぞ!あやつはエレナの婿になるんじゃからな」

【その割には何も始まっていないようだがな】

「ラウドが奥手すぎるんじゃ。あいつ、魔界一の臆病者じゃからのう。ま、お前さんはしばらくここにおるがええ」

そしてギルシャスも出ていくと、妖狐は自分の両手をふと眺める。
この手は、もう何百年と血で汚れていない。
もしかしてこのままなら、自分は‘女’として普通に男を愛し、案外幸せな暮らしを手に入れられるのではないか……。
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