魔界動乱期
飛び立つ妖狐の背に向けてラウドが話しかけた。

「妖狐、お前が来るのを待っているぞ。明日でも明後日でも……」

【誰だか知らんが、このような冷酷非道な魔族を待つとは、趣味が悪いな。ヌシはおそらく……‘優しい女'が好きなのだろうに】

「不器用なお前の事だ。自分の貫いてきた生き方を変えてまで悪に徹した。褒められた事ではないが、これはお前の……最大の優しさだろ?」

妖狐は目を瞑り上を向いた。
込み上げてくる熱いモノを目から溢れ出さないように。

その涙は喜びの涙。
ラウドは自分の事をしっかりと理解してくれていた。
そして同時に悲しみの涙。
愛する者との決別。

【我はもう優しい女にはなれぬ。森に感情を置き忘れてきたからな。もう会う事もない……】

妖狐は振り返り、ラウドの顔を見つめた。自分が愛した、最初で最後の魔族の顔を。

そしてラウドにははっきりとわかった。
返り血で朱に染まった妖狐の頬に、透明な滴が流れ落ちるのを。

【今、我は、最後の感情を流し落とした。さらばだ……ラウド】

「妖狐……‘また'な」

こうして、ラウドと妖狐はその道を交わす事なく、別々の道を歩む。

永遠の平行線に見えるその道を。
しかしラウドも妖狐も仄かな願いを込めていたのかもしれない。
その道の遥か遠くに、互いに向けた曲がり角がある事を。
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