魔界動乱期
ジードはしばらく黙りこんだ。
オンタナを救った無名の少年の話を聞こうと、街にも静寂が流れる。
そしてジードは、オンタナ市民へ向けて口を開いた。

「俺、ほんとはさ、この街を救おうなんて思ってなかったんだ。そんな義務もないし、知らないヤツらばっかりだし。街を離れようとしたときにさ、マーシュとユンクが見えた。マーシュとユンクは昨日会ったばかりだけど、その……結構、好き、だしさ……」

「ジード様……」

「だから二魔を、二魔だけを救おうと思った。でもそしたら、なんか、バンジュウが倒れててさ。それまでもこいつの頑張ってる姿を見てたんだ。自分の命、犠牲にしてでも皆を守ろうとするバンジュウの姿を。その姿が、被ったんだ。俺が尊敬するラウ……いや、その、俺にとっての英雄と」

「ねえ、お母さん。ジード兄ちゃんにとっての英雄って、ラウドの事だよね?」

「そうね……」

さらにジードの言葉は続く。

「命の重みは一緒だ、なんてさ。まるで、その……親父……に言われてるみたいだった。俺は英雄でもなんでもない。ただ、通りすがっただけみたいなもんさ。本当の英雄はバンジュウだ。バンジュウが救いたいってヤツらを、俺も救いたいと思った。こんなヤツがいるって知ってたら、知ってしまったら……」

「少年……」

バンジュウの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「でも街のみんなの顔を見てたら、良かったと思ってる。みんな知らないヤツなのに……生きてて、良かった……」

その瞬間、オンタナの街が揺れた。
拍手、歓声で。
皆の感謝の気持ちが、愛情が、一斉にジードに向けられたのだ。

そのとき、ジードには心の中の闇が、少し薄れていくような感覚にとらわれた。
今まで感じた事のない感覚。
それはジードの中にある光を増してくれるような。

「なんかわけわからない事言っちまったな。バンジュウ、後頼んだよ」

「すまん、少年よ……。嫌ならいいんだが、皆に、君の名を……」

「ジード」

「おお、あっさりと……ジードか。ジード、ありがとう」

「もう関わり持っちまったしさ。それに、なんだか心が晴れやかなんだ。バンジュウのおかげだよ」
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