魔界動乱期
「そうだな。そうするよ。じゃあ寝るか」

部屋を出るジードの背中を見つめながら、ホルンがそっと呟いた。

「ジード……本当の君は味方なのかい?」

ジードが部屋のドアを開けると、窓から心地よい風が入ってくる。
月明かりに照らされた部屋の中は、置いてある物がなんとなく分かる程度の明るさがあった。
そのとき、物陰がバッと動く。

「ん?」

ベッドの位置は窓際にあるため、ジードには動いたモノが良く見えた。
薄い掛け布団を首まで上げて体を隠す魔族の姿。

「セレナ?あれ、ここ俺の部屋じゃ……?」

「お前の部屋は隣だ!」

「あ、わ、悪い」

「待て!」

ジードがドアノブに手をかけたとき、セレナが呼び止めた。

「なんだ?」

「なぜ……見知らぬ魔族のために、自分一魔で行くなどと言った?」

「別に……、ホルンにあんな話聞いた後だったしよ。お前、良いヤツそうだし」

「私が?私の何を知っている?」

「市民の事を第一に考えてるし、それにラウドの事を尊敬してるんだろ?」

「そ、そのような事……」

セレナは立場上そうだとは言えず、押し黙った。
ジードもそれを理解し、お構い無く話を続ける。

「俺もそうなんだ」

「?」

「俺もラウドを尊敬してるんだ。だから、きっとラウドも同じ事をしたよ。困ってる者がいたら、助けるのは当然だろ?」

「私は困ってなど……」

アバル軍に籍を置くものの、ジードにとってセレナだけは‘別’だったのかもしれない。
守るべき者を守り、森の進軍を拒否し、ラウドの事を尊敬するセレナは、魔獣の森の仲間達と何も違わない。
出会ったばかりの、敵であるアバル軍の魔族に、思ったことを素直に口にした。
優しさを隠すことなく伝えたのだ。

「セレナ?寒いのか?」

このとき、セレナの体は小刻みに震えていた。

「おい、セレナ。なんで……」

‘ラウド様、ありがとう……’

‘困ってる者がいたら、助けるのは当然だ’

「なんで泣いてんだよ?」

幼い日の思い出。
生きる事のみに必死だった辛い毎日。
そしてその苦しみを解き放ってくれた英雄の記憶が、なぜかセレナに蘇ってきた。
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