魔界動乱期
ラウドは身に付けていた衣服を妖狐に被せる。

「バカ者!もう少しであんな奴等に犯されるところだったのだぞ!」

妖狐は寝そべり、横を向いたまま口を開く。

【ヌシとの約束だったからな】

この言葉に、ラウドはあらためて妖狐という魔族を認識する。
気まぐれでいい加減に思えるが、妖狐は自分の決め事は頑なに守る、不器用な魔族だったのだ、と。

「脅して退散させるとか、手はあるだろう!」

【ふっ、我は……いや、‘わたし’は女だからな。そんな野蛮な事は出来ん】

「この期に及んで屁理屈を……」

【それに】

「ん?」

【ヌシが守ってくれるという事だったからな。それにしても遅すぎるのではないか?危機一髪で助けに来るとは、大した演出家だ】

「ぐっ……す、すまん」

【だが、少しだけ……】

ラウドは寝そべりながらそっぽを向いて話す妖狐の顔を黙って見つめた。

【少しだけ、嬉しかったぞ】

「妖狐……」

ラウドは妖狐との長い付き合いの中で、妖艶な妖かしの笑みは何度も見てきた。
しかし今日、‘それ’を初めて見た。
柔らかく、喜びに満ちたその優しい微笑みを。

【守られるというのも悪くはないものだな】

それからハイエナの来襲はなくなり、妖狐は再びホワイトベアの赤子との穏やかな日々を送っていた。
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