ブラッディマリー
「ヤラシイー。目で会話とか」
「うるさいよ俊さん」
「じ、じゃあ、あたし行って来るよ。和」
足元に気をつけて、と優しげな俊輔の後について、万里亜は和に軽く手を振り、ドアの向こうへと消えて行った。
開店前の空間に、有線の軽いリズムだけが響く。
前はずっとこうやって一人で店の準備をしていたのに、おかしなものだ。
万里亜がこの店に一緒に来るようになって、ひと月足らず。彼女がいなくなっただけで、やたら店が冷え冷えとして感じる。
万里亜がいなくなったことで、彼女のいない空間に不在という名の存在感が広がり、和の胸を満たした。
どこが違うというわけでもないのにと考えて──和は小さく笑う。変わったのは、自分だけだと。
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