ブラッディマリー
人を好きになった……だなんて言うと、少し陳腐だが。
小さな幸せというものは、そんな想いを抱えていなければ味わえないものなのかも知れない。
そうして和が満足げにカウンターを拭き終えると、チリンとドアが揺れた。
「すいません、まだ開店前で──」
和は、ドアを開けて入って来た人物を見て、思わず言葉を失った。
すらりと伸びた長身は、びしょ濡れの夏用コートを気にすることなく、そこに佇んでいる。
心なしか、降り込んでくる雨がさっきよりきつくなっているような。
濡れて乱れた髪を細く長い指で掻き上げ──その男は優しげで、けれど冷たい笑顔を浮かべていた。
「……驚いたな。まさかとは思ったが……万里亜に喰われずにいるとは」
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