ブラッディマリー
 


 我が目を疑うより先に、鼻が状況を嗅ぎ付けていて、和は身体の底から震えを感じた。



 ……人間の、血の匂い……。



 身震いの正体は恐怖などではなく、本能からの欲求を昂揚させるもの。和は頭の奥の痛みに集中し、舌なめずりしたくなるようなその衝動を堪え、足を進めた。


 さっき和が尚美に花瓶を投げ付けられたそこは片付けられていて、代わりにスーツを血まみれにした敬吾が膝をつき、見慣れない男が倒れ込んでいた。





「……父さん!」





 真っ青な顔をした敬吾は和の声にびくりと反応すると、信じられないものを見たような戸惑いを瞳に滲ませる。



「……和……!?」



 頭には西成以上に白いものが混じっていて、壮年と呼ぶに相応しい姿の敬吾。その厳しい目尻の皺の深さに長年積み重ねられた男の苦悩が滲み出ていて、もう隠せなくなっていた。

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