戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
省みればどうしても忙しいからと、お仕事や日常にかまけて帰省が中々出来ずにいた。いや、怠っていたのが正しい。
それでも小言もなく、“今日帰って来てくれた事が嬉しいよ”と無償の優しさをくれる存在に、私の方が今日どれほど救われただろう。
荷物を以前の自室だったところへ運ぶと、豪華に装飾された欄間のある和室へ足を踏み入れた。
この地方特有らしい、光沢ある黒の漆で金の派でる仏壇を前に正座する私。
この広々としあ和室の華やかさに引けを取らないのが、先祖を崇めて感謝するための豪奢な仏壇である。
「ただいま、帰りました…」
ぽつり紡ぎ出せば、そっと両手を胸の前で合わせてお祈りした。
それは私が学生時代に亡くなった、おじいちゃんに此処へ戻って来たことの報告と挨拶するため。
名古屋へやって来た当時はすべてを見失っていて、その先の未来に希望など持てなかった私をあたたかい心で受け入れ、当たり前のように居場所を作ってくれた。
それは紛れもなく、いまは亡き祖父と先ほど笑顔で優しく迎えてくれる祖母のことである。
恩返しがしたいと思う頃には…、というのは本当のことであった。
病に伏した祖父を看るだけだった当時の私は、何も出来なかったことが今も小さな悔いとして心にある。