戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
契約の初めの頃のように、お金という縛りで捕らわれていた頃とは色々と違っているけども。
ロボット男に対して、今後も無機質でなければならない。それにアノ男に何かを求めるなど、もっての外である。
もう二度と、何かを欲しがって失うのは避けたいから――
「…、」
そう固く決心して、随分と冷静だったのはまさに20秒前の出来事だ。何もかもに結論づけて、心がすっと楽になっていた筈なのに。
耳元に置いた携帯電話へ残されていた留守番メッセージを聞いた途端、どうしてか頬をツーと伝った生温かいもの。
“怜葉さん、あの約束は本心ですよ”
ああ、すべての言葉が反則ではないか。約束だとか本心だとか、なぜ私が心の奥底で欲しているフレーズを引き合いに出すのだろう。
何時でも距離を置くうえ冷淡なクセに、どうして寸前のところで“見捨てない”などと言うのだろうか…?
そんな綺麗な言葉は、嘘であろうが幾らでも並び立てられると分かっている、都合良い勘違いを起こしてはいけない。
だけども悲しいことに、弱いところを突かれれば、その期待を我慢など出来る訳がない。
ずっと偽の婚約者として無感情に過ごしていくには、こんなところで涙を流すのは早すぎるだろう。
ゆらり揺らぐ視界も本来はタブーのひとつでも、なぜだか携帯画面を注視してしまう愚かな自分。
ひどく虚しさが取り巻く中でソレを断ち切ろうと涙を拭い、静かな車内で昇りゆく朝日を追うことにした…。