戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
もはや嫌味にしか聞こえない“賛辞を述べた”ロボット男の格好といえば、きっとバレンシアガのスーツだろうと推察した。
最新の旬ブランドを着こなすあたり、さすが経済界でお洒落だと評される専務だ。
というより、この男はトンデモナイ・セレブなのだから、これこそ陳腐な考えでしかない。
むしろ、いつも不要にブランドの判断をする私こそ、どこまでも中途半端な人間と嘲るべきか――
「これなら、どうにか見劣りしないと思います。
あとの演技はお任せ下さいませ…、唯一の取り柄ですから」
「唯一、ですか?」
「ええ、あくまで自称ですが」
対峙するごとに意味のない疑問を浮かべるより先ず、偽の婚約者の役目はその先を展開を考えようと思う。
外見だけ整ったまるで中身の無い関係を、これからどう取り繕えるかが課題であるから。何かに囚われていては、まさに本末転倒になるだろう。
「そろそろ時間ですよね?
遅れるよりも早く行きましょう、専務」
そしてこの真っ黒な瞳と視線が交わうことで、長引くほど気分が落ち着かなくなるとは言える筈もなく。
不自然にならぬよう彼に背を向け、着物のために必然的に早まる歩きでリビングから退出する。