戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
あらかじめ用意しておいた、これも頂き物の草履の鼻緒に足をかけた。
やはりハイブランドのパンプスと違い、足の甲をキュッと締めつつ安定ある感覚が好きだ。
「ほら、行きますよ」
「…なにが、ですか」
「お着物だと歩き難いでしょう」
「あ、はい…」
のんびりしていた間に、ロボット男の方が既に玄関のドアの前に立っていた。
冷淡な声とともに差し出された大きな手に躊躇い、たじろぎながらも私は左手を出した。
キュッと優しく繋がれた手は玄関ドアを施錠する時まで離れず、そのゆるく温かい感覚に戸惑うばかり。
ひどく冷酷なロボット男であって欲しいのに、握りしめて前を行く彼の手が優しいのはなぜだろう?
手を繋いだままエレベーターへ乗り込むと、そのまま向かった先は地下駐車場のある最階下。
静かに動き出した2人きりの空間で、一度は逃げた真っ黒な瞳と目が合ってドキリとした。
「しかし、流石に着つけ慣れていますね」
「…人の着つけは苦手ですけど、自分のことなら」
これでも歌舞伎界に少なからず携わっていたし、その後の名古屋生活でも祖母の影響から、私にとって着物はごくごく身近なものだ。