戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
それでも狡猾に感じたのは、不意を突かれて重ねられた手の温度が、そんな強がりと演技力をサラリ奪おうとするせいだ。
「そう言われると、心配ですね」
「早く行きましょう、…彗星さん」
車内に響く特有の冷たい声色に困惑して荒げそうになった声を止めれば、ようやく離れた温かみに安堵する。
「そうですね。では、お手をどうぞ」
「はい…」
それでも今度は、車を離れて玄関へと向かう間じゅう、ずっと繋いでいく羽目となった手の力が酷く惨めにさせた。
ドキン、ドキリ…、歩くごとに妙な心拍を感じたのは、2つの理由であるけども。
ここで役に立たなければ“無能”、と宣告されるに違いない。そう心に言い聞かせ、供に前へ進んでいくだけだ。
手を繋ぎながら少し離れた距離がまた、2人の不自然さを物語っていると自嘲していた…。
「彗星様、お帰りなさいませ」
お洒落なお庭を眺めつつ向かった玄関先で待ち構えるのは、恭しい態度でこの男を“様”付けするひとりの女性。
「ああ」
「…こんにちは」
「いらっしゃいませ」
そっけない態度の男と手を繋いでいる分、ここは愛想よくとニコリ笑顔を見せれば冷たい挨拶をされたのみ。