戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
煌めかしい場へ侵入して僅か数分で雰囲気に呑まれているのは、この先が思いやられるばかりだけども。
ひとつだけ分かるのは、和を重んじる私がどれほど居ようがこの空間とは馴染めないこと。
それでも尻込みするほど、今まで研鑽を積んで来た訳ではない。
どこか所在無げに彼の後ろへつけば、“かいがいしい女”になり変わる演技の始まりに小さく半歩下がった私。
ソレを開始の合図と受け取ったのだろう…、ふっと小さく笑った男が歩み出す。
「帰りましたよ」
珍しくも少しだけ声を張ったロボット男の声が玄関中に響いたと同時。パタパタと忙しないスリッパ音が鳴り響いた。
小気味良い音が近くなるにつれて現れたのは、遠目からでも綺麗な長い髪を揺らすひとりの女性。
意気込んでいた私は、すっかり驚嘆によって目を丸くするばかり。
どんなトラブルにも構わず演技に集中しなければならない。そう頭で分かっていても、繰り広げられる光景に上手く笑えなくなった。
「もう待ちくたびれたわ!」
「アカリ…、場所を考えろ」
「えー、良いじゃない。公認でしょ?」
「…何の公認なんだよ」
彼がさらり発した名前が答え――そう、アノ日にこの男と一緒に居た綺麗な女性が目の前に居るのだ。