戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
半歩後ろをつくなんて甚だしいな。ココには美しい本命が居て、明らかに私こそ無用ではないか。
邪魔なのよと言わんばかりの強い眼が、綺麗な顔に迫力をプラスしている人が居ては――
「大変失礼いたしました――名乗るのが遅くなり、申し訳ございません。
緒方 怜葉と申します、どうぞよろしくお願いいたします。
そして私(わたくし)は、ただの荒唐無稽(こうとうむけい)な者ですからご安心を…」
着物を着て一番美しく見えるお辞儀の角度まで傾けると、動揺とは裏腹のじつに落ち着いた声を出せた。
こうして挨拶だけは至極当然のマナーだと、昔のクセが抜け切らない自分の意固地さがほとほと嫌になる。
あえて荒唐無稽と言ってのけたあたり、大人の良識が少しは備わって来たかもしれないけども情けないな。
「やっぱり出来た方なのね。コチラこそどうぞよろしく」
「…ええ――」
ジロジロ私なんかを値踏みする必要など無いというのに…、依然として朱莉さんの眼つきは鋭いままだ。
「怜葉さん、もう良いですから。ほら行きましょう」
「・・・っ」
すると息苦しい沈黙の間を割いたのは、私の手をキュッと掴んで来たハレー彗星の冷たい声音であった。