戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
さらにもう一人の人物をチラリ一瞥すると、早くもすっかり厭きている様子のロボット男を捉えた。
手にしているスマートフォンの画面を見ては、ささっと操作する姿に焦燥感を覚えながらも同時に安堵した。
実際にこうして、興味のない素振りを目の当たりにすればするほど、少しずつ諦められるような気がしたからだ。
「でもなー、姫の可愛さに惚れてたのは…」
「誰もいない。ていうか今もよ」
「いやいや、俺が」
「本当に、今さらよく言うよねぇ。いつも私のコト呆れてたくせに。あやひ、…っ」
パッとロボット男から目を逸らし、再び逃げるようにマーくんとの雑談を重ねていた時。
自身から流れで飛び出たフレーズは、自分で自分の首を絞めたように苦しくなった。
すべて言い切れないほど、まだ私の中で“兄の名”は心にガツンと衝撃を与えると知ったせいで、とにかく情けなくて堪らない。
シンと静まり返った空気を払拭しようと、ヘラリ笑ったはずが向かい合ったマーくんの表情は冴えないものだった。
同時にあれほど高速に動かしていた指の動きを、突如ピタリ止めたロボット男が溜め息を吐く。
「――怜葉さん、そろそろ帰りましょうか。
いま此処に居ることが、貴方にとって得策に思えませんからね」
「…、」
素知らぬ顔でいたクセにいざとなれば諭されるように言われてしまう。
そうすれば頼りない私の口からは、もう紡ぎ出せるものがゼロになってしまった。
コクリ、小さくロボット男に頷いて立ち上がれば、あまり手を付けられなかったお料理を申し訳なく思うが致し方ない。
「ひ、ひめ…、やっぱり、彩人と会わないのか?」
「…ごめん。マーくん、もう帰るね」
さっきまで懐かしく過去と向き合っていたとは、すこぶる甚だしいものだ。
結局のところ彼の問いには、何も答えられなかった…。