戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
確かに名古屋のモーニングはトーストが主流であるけども、私が育った名古屋の家ではごはん一辺倒だった。
小さな頃はカフェオレとごはんの組み合わせ、そして成長するにつれてブラックコーヒーとごはんに変わって。
さらに3時のおやつでは、祖父母が緑茶好きとあって何にでもお茶と合わせていたから、ケーキと緑茶は至極当たり前だった。
確かに言われれば、世の中の定義メニューから逸れた味覚なのだろう。だが、これもまた祖父母から受け継いだ、小さな小さな誇りだと思いたい。
「でさ。あれから、どう?」
「なにが?」
コーヒーを飲みかけにしてレジ袋を探れば、定番のしゃけおにぎりが無くなっていた。
さして好きでもないのだが、仕方なく人気の薄いしぐれを手に取ることに。
フィルムを剥がしている間にも、やはり歯切れの悪さが目立つ加地くんの声。
もっとも大事な主語を、綺麗さっぱり省略して口籠るからここでも分からない。
「いやぁ…ほら、この前怒らせちゃったし」
「…あ、ああ、その件ね。まったく平気だから、気にしないで」
「あー…、そっか」
ようやく彼が用件を話した頃には、既におにぎりで口をモゴモゴさせていた私。
“うん”と言えずに、その代わりにひとつ頷き返してみせた。
割と平常心を心がけたものの、本当はあの日を思い返すだけで胸が痛むから虚しい…。
いっそのこと、このままロボット男のことは忘れたいものだ。
煮え切らない気分を絶ち切ろうと、さにバクバク大きな口を開けておにぎりを頬張っていたが。
これは傍からすれば、残念すぎるほど女子力ゼロだろう。
まあ気にしていない。どのみちこの部署で、女らしさを売る気もさらさらない。
むしろ、ここ以外でも非売品かつ売り手なきレア物としておこう…。
「もう少し、落ち着きましょうか」
「っ・・・」
それなのに、なぜ背後から最も会いたくない男の声が聞こえたのだろうか?
ああ最悪だわ…、振り返りたくない。