戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
せっかく仕事モードだったのに、一気にトーン・ダウンして緊張感に包まれている部署にも申し訳ない。
だいたい私にしても、一介のOLなりにそれ相応の責任があるのだ。こうして周りの手を煩わせることも、昔から大嫌いだというのに――
すべての原因である彼に促され、慌ただしさより一変した不穏な空気のフロアを出る。
先ほどまで談笑していた加地くんと由梨をチラリ見すれば、どこか楽しそうに映って明日は厄日だと思った。
ようやくとは決して言いたくないものの、すっかり静まり返ったフロアに2人だけとなる。
「…どういうつもりですか、」
そこで不躾に尋ねたのも当然のこと。猫の手も借りたいほどバタバタする人事部から私が抜ければ、その分のお鉢がまた誰かへと回るだけ。
少なからず部署に身を置く者として、処理速度が落ちることで迷惑を掛けるのは目に見えている。たとえ嫌でも、私も子供ではない。
そっけない連絡のひとつでもあれば、どうにか時間を工面して彼に合わせる義理は果たすもの。
だというのに、偽の婚約者は何処までも身分が低い――相談どころか、すべてが彼の身勝手な行動の言いなりだ…。
「良いから、急いで下さい」
「・・・はぁ?」
「ここで議論するより早く、準備して頂きたい」
どこまでも突飛すぎる発言に、思いきり顔をしかめるのも当然だ。
いやいや、少し待とうかロボット男!と言い返すより早く、前方から伸びて来た手でパシリと手首を捕えられた。
呆気にとられる時間すら許されず、手首を掴んだままグングン前進する男のぬくもりがやけに悔しい。
下唇をキュッと噛みしめながら、無表情の男と2人でエレベーターへ乗り込む羽目となる。
その間にもスタスタと勇み足で闊歩して行く男に振り回されていてもなお、焦りながら揺れる複雑な心がまた恨めしい…。