戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
店員さんたちは非難の声が静まったことで、いささかホッとしていらっしゃるし。
私の名を呼んで“行って来て下さい”と言った男は、真っ黒な瞳で無言の圧力を掛けて来た。
半ば諦めの境地でお手伝いの女性店員に案内されると、手始めにそれこそ十数年ぶりのコルセットを装着されて苦しくて堪らない。
大きく息を吐いてからドレスを纏ったものの、それで外へ出ることに小さな羞恥が走る。
大きな鏡面に映るドレス姿は普段の自分を打ち消しているが、果たして似合うかどうかはまったく別モノだろう。
行きたくなくても仕方ない…、と心の準備をする暇など与えられず、お手伝いの女性店員が無常にも外へと押し遣って来るのだ。
これもまた履き心地とデザイン性の高さで定評ある、同ブランドのハイ・ヒールに足を沈められたが最後。
溜め息を吐き出すのも抑えて、大人の愛想笑いを浮かべたままフィッティング・ルームをあとにする外ない…。
「…遅くなりました」
ここでせっかくのドレスが、私によって酷評されるのも癪だと、不自然なほど明後日の方向を見ながら彼の元へ近づいた。
スリットや胸元が開きすぎていたものに比べれば、隠すところと見せるところのメリハリがついた上品なデザインだから私も好みではある。