戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
たとえ偽者でも私なんぞを相手に選んで下さった、専務の顔を潰すことだけは是が非でも避けたい――
「やっぱり…、ね」
「何ですか?」
「…いえ」
予想の的中によって、溜め息が声となって漏れてしまったものの。
さすがの素晴らしき老舗ホテルを前に、失礼を承知で呆れたい気分だ。
そうとはロボット男には言える筈もなく、エントランスに横づけされたアウディTTSから降りることにする。
「行きましょうか、怜葉さん」
ホテルマンのエスコートより早く、すかさずコチラへと回って来た男が腕をスッと差し向けるから、その丁寧かつ迅速な所作にズキンと傷ついた。
本命の朱莉さんにはきっと、いつもこの腕で優しく包んでいるのだろう、と浅はかにも考えてしまうからだ。
「はい、」
それでも偽の婚約者には不要な感情をどうにか押し込め、その腕を遠慮なく取るしか残されていなかった。
かなりの贔屓すじらしい男とともに恭しい案内を受け、老舗高級ホテルの中へと静かに突き進んでいく。
街中を歩くには勇気が必要なドレス・スタイルも、こういう場ではごく自然に馴染んでしまうから異世界にトリップした心境に陥るものだ。