戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
居心地の悪さから逃げたい本心から、彼のウエストへ回している黒いグローブを填めた朱莉さんの小さな手に視線を落とした。
すると気のせいだろうか、さらにその腕がギュッと力を強めたように私の目には映った。
ドクリとひとつ大きく打った鼓動に慌てながらも、どうにか動揺をみせずに視線を上昇させる。
そうすれば今度は彼女の黒い瞳と目が合ってしまい、同時に上がった口角でニコリと笑みを浮かべられただけ。
明らかな宣戦布告というよりは、“偽物は引っ込んでいなさい”という本命の余裕が窺えた。
ここは偽者なりに“心得ています”と、了解の笑顔を見せなければならないのに。
そう思えば思うほど、ぴくぴく引き攣る口元が恨めしくて堪らない。
「朱莉――いい加減に離れてくれ」
「イヤよ。周りの反応が楽しいんだもの」
「何がしたいんだ?」
悠長な彼女に対しての物言いは実にハッキリしたものだけども、それを無理に引き剥がそうとはしない男が問い質せば。
「彗星はいい加減な男よ、っていう見せしめ?」
さらにこの場を楽しむかのように、一層の力を込めた朱莉さんの口からはトンデモナイ発言が飛び出すものだから、こちらの方が仰天する。
「見せしめ?俺のどこが悪い?」
「ふふっ――ホントに困った男ね」
「それは朱莉に、そっくりそのまま返す」
「あら、それはありがたく受け取らないわ」
「まったく――」
「眉間にシワが寄ってるわよ?」
周囲の視線を諸ともせず、ごく自然で軽快なテンポのままに会話する2人の傍らで、その中へ入る隙はどこにも見当たらないと辛くなった。