戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
不意に掛けられた力と何かを知っているらしき発言によって。ひどくビクリとさせられた私は、ようやくその足を止めた。
それは半ば開き直りにも似ていて、この原因に対し嬉しさなど込み上げる訳がない。
そう考えればまた虚しくなるから、ズキン・ズキンと心が悲鳴を上げるようだ。
未だ泣き止めずにいる現在。なぜだか私の手を掴んで離さない人をただ避けたくて、潤んだ瞳を伏せながら無言を貫いた。
どうやらそのあからさまな態度をすぐに察した人は、ようやく片手を解放してくれる。
それでいてどういう訳か、くすりと軽やかに笑われてしまった。
もちろん私にとってそれは不快なものでしかなく。今もなお頬を伝う涙まで見られ、小さなフラストレーションが増すばかり。
むしろ涙を流すことすらバカバカしいと、指の腹部分を使ってゴシゴシ勢い良く拭って見せた。
まさに負け惜しみというのか、はたまた悔し紛れの底意地…とでもいうべきか――
「…何ですか、」
ここで逃げようとしてもどうせ捕まえられるのがオチだと、無礼なことは承知で目を合わせず無骨なまま尋ねた。
いくら着飾っていても、この態度が鉄壁を易く剥がすほどの無愛想ぶりである。
とうてい可愛さとは無縁であり、今は演技力など皆無の心理状態であるためだ。
「あ、ごめんごめん。
もう無理強いなんてしないから、安心してよ――怜葉ちゃん」
「…どうして名前、」
「そっか…。あんなに小さかったし、俺の声も覚えている訳ないか」
「え?…あ、」
冷たい態度で臨めば、どこか寂しく聞こえた声色が紡いだ答え。
それにどこか違和感と懐かしさを感じて、まるで弾かれたように振り返った。