戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
惨めに独りきりで、絢爛豪華なホテルから脱出して一体どれほど経っているのだろう?
当然ロボット男には偽者の私を追いかける余裕や暇など一切ないと思われた。
だったら携帯電話に連絡のひとつ、…あ。パーティーに連絡ツールは不要だろうと、クラッチ・バッグから抜き取って専務の車の中に置き去りだわ。
もちろん彼に連絡もしない私は、ロボット男の電話番号やアドレスなど携帯電話なしでは何も分からない。
手にしている外見重視の小さいバッグが、心底面倒な代物だと気づいて溜め息を吐いた。
大体ロボット男と顔を合わせられない状況で私は、何を言うつもりだったのだろうか。
この期に及んで彼との繋がりを考えてしまうのは、“要らない”と最後通告されていない都合の良さに違いない…。
ホテルの全体を捉えられるほど近い、都会のオアシスにも似た公園のベンチへ誘われて腰掛ければ、ぼんやりと鈍い街灯の明かりが彼と私を照らし出す。
「くっ、うぅ…ごっ、めん…ね、」
「謝る必要ないって…。いっそのこと泣き疲れた方がいいよ」
慰めてくれる彼は私の兄と幼稚舎からの級友であり、この地から逃げる前ならばよく知る、立川 悟(タチカワサトル)さん。
日本国内でも有数の名家の従者である彼と最後に会ったのは、確か名古屋へ向かう数日前のこと。
ざっと計算するだけでも、十数年振りの再会になるのだろう。
幼い頃のことながら名前や顔を忘れずにいたのは、悟くんが料亭の跡取り息子・マーくんと同じほど、兄にとって気の置けない人であったため。
もちろん私も兄に便乗して、彼らからたくさん可愛がってもらっていたから、今もなお思い出が心の中に存在しているのだろう。