戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


もちろん無用な期待を抱いていた、まさに愚かな自分が悪いけども。

あの場所で朱莉さんと会わせた専務にも、少なからず非があったと思って貰えないのだろうか。



――そう反論したくとも、結局はじつに短絡的な嫉妬でしかない。とかく浅ましい言葉を呑めば、惨めさにも耐えながら俯く外ないだろう。



「怜葉さん、」

徐々に涼しげな声音が大きくなるほど、固く口を閉ざすしかなくて。返事さえせずにいたその刹那、ギシリと別の妖しい音が室内に響く。



微かな揺れとともに響いたスプリング音の正体は、ロボット男が私の佇むベッドへ腰を下ろしたことによる軋みだった。


相変わらず嫌な沈黙が取り巻く中、その音は妙にリアルさを孕んでいた。

緊張感と同じく、ドキリドキリと不要に鳴り始めた鼓動が苦しさを増す。



大きなベッドに男と女が2人きり――この状況にも平然としているのは、本命一筋である目の前の男。



「怜葉さん、聞いてますか?」


遠慮なく距離を詰められて逃げ道ゼロにされた私が、キュッと真っ白なシーツを何となく掴めば、またひとつ名を呼ぶものだから悔しい。


「…ここまで近づかなくても、声は聞こえます」

「それなら、早く返事をして下さい」

「…、」

「まったく…、貴方は子供ですね」


辛辣な発言で押し黙るほどに、ジワリジワリと距離がミリ単位で縮まった気がするのは、またしても私の勘違いだろうか?



こうして逃げようとすれば自ら近づき、かと言って絶妙な距離を保って追い詰める巧妙さは、彼の常套手段にも感じられた。


ここで子供のように足掻くことは出来ない。それでも未だ、すべてに諦めもつけられずにいる中途半端な自身を嘲るのも無理はない。



およそ1メートルほどのもどかしい距離が、彼の真っ黒な瞳をさらに色濃く映し出すから、息苦しさはさらに増していく。


ズキズキ感じる胸の痛みを恨めしさへと変遷すれば、なおさら惨めな気持ちが渦巻くだけの悪循環。



何よりそれ以前を辿れば…、迷惑にも悟くんに付き合って貰っていた私がなぜ、不機嫌極まりないロボット男と対峙しているのだろうか?


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