戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
それを頑なに守って来たのは…、きっと遠い昔に見た、父の生き様に反発するがゆえ。
だからこそ、このキスは絶対ダメ――その思いが奥歯をキュッと噛み締めさせ、唇をもキュッと固く閉じさせたのだ。
もちろん拒否の姿勢を示すため、目もグッと固く瞑って図らずも応戦させる。
なおも口づけを深める彼の熱い舌が捩じ込まれないように抗い、これ以上の侵入を阻むしかない…。
チュッと妖しいリップ音を最後に、ふと解放された感覚によって薄ら目を開ければ、ベッドから立ち上がる男を捉えたものの。
透明な銀糸に濡れて光る口元を、親指でグッと拭う仕草を目の当たりにした。
その羞恥と居た堪れなさで俯きたくても。迸る熱がキスの余韻と重なって、私の顔は間違いなく紅く上気しているに違いない。
僅かな熱と静寂に包まれる室内で、口火を切ったのは一切の温度を感じさせない瞳をした男であった。
「――分かりましたか?
怜葉さんは少し、男を見縊(みくび)りすぎです」
「…だ、だからって、」
「夜にその格好で逃げ出して、あろうことか別の男の胸で眠っていたのは誰ですか」
「…っ、」
高い身長でこちらを見下ろす、ロボット男の迫力と室内に響く冷たい声韻よりも。
躊躇いなく放たれた言葉で、どれほど心が抉られたか彼には分からないだろう…。