戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
こんな心もとない偽者に向かって、演技の完璧さを求めて来たのはそもそも誰?
それしか価値のない女と託けて、偽者の私をこう仕上げたのは誰…――目の前で私を捉えて離さない、感情無欠の貴方ではないか。
そんな偽者が不貞を働けば厳しく咎める、と契約時の約束事には無かったはず。
まして張本人である専務こそ、本命ある立場でよくこちらの失敗を咎められたものだ。
相も変わらず真っ黒な瞳は何を考えているか分からず、もやもやとした黒いモノで心が覆われそうになる。
それでも眼を逸らさせずにいるのは、僅かに残るプライドがそうさせていた。
「怜葉さん、貴方は…」
「…もう、いい。もう放っておいて下さい!」
「どういうことですか、」
幾許かの沈黙を脱したロボット男は、強くピシャリと発言を遮ったことがお気に召さないらしい。
または上司に盾つく生意気な部下に対して苛立ったか、その2つの理由だろう。
いっそう冷たさを増した低い声はあまりの冷たさによって温度感覚を失わせるから、今度は不思議と熱を孕んでいるような錯覚に陥った。
腕の中へと彼女を引き寄せる、ロボット男の眼を見ていれば――朱莉さんがいかに近しい人かが理解出来るし。
同時に自身がカタチだけの婚約者枠であり、また専務について知らないかを感じてとても悲しかった。