戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】


どうせなら、下手に安っぽい温情など掛けて欲しくなかった。…いや、それが温かいものとは知りたくなかった。


一度それを知ってしまえば人は勘違いを働き、ますます先を望んでしまうから…。



先ほどのモノもキスでなく、あれはただの口封じにすぎない。それは目の前の男の表情と声が体現していたとよく分かった。



何よりもパーティー後のためにあらかじめ予約してあったと思われる、このゴージャスな部屋に先に誰を招き入れたか。


――それを私は知っているから、みっともない嫉妬心がグルグルと渦巻く心をもはや嘲笑するしかない。


本命の彼女には先に此処で、私よりも至極丁寧な“熱いキスとその続き”で慰めただろうから。



そう、先ほど私に触れた理由は“男を見縊っている”ことに対しての戒めでしかなくて。


言うなれば、まったく“思いどおりにならない女を黙らせる口封じ”で違いないのだ。


ふと唇を意識したものの、すでに緩い温度は消え去っており、冷たくなった唇には何も残っていない…。



大切な彼女と同等の優しさが、別の女に向けられる筈もなかったのに可笑しな話である。


こう愚かな想像に囚われるのは、女としてもっとも恥ずかしいな。…いや、これでは嫉妬でなく自身への叱咤だから別に構わないか…。


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