戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
ゆるい温度に目を見開いていたものの、歪んだ視界では彼の端正な顔立ちも正確には捉えられない。
さらに骨ばった手の感触に嫌悪するどころか、離さないで欲しいと涙が零れて止まらなくなる。
何を考えているのだろう?――この独特な温かさを優しさと履き違えて、もう泣いてはダメだと頭でよく分かっていても。
好きな人に触れられれば、とてもそれを振り払えない。まして愛しさが都合良く募っていくから、自制心と道徳心とが脳内でしのぎを削っていた。
決して良い思い出ばかりじゃない。そんな経験を年齢を追うごとに積んで来たからこそ分かる。
悔しいから認めたくなくても、これは紛れもない事実――触れて欲しいのも、感情が湧き上がるのも、すべて彼が好きだと。
たちまちツーっと零れ落ちる涙の雫を指先でなぞられれば、込み上げるそれを止める術はなくて。
そっと目尻を指先で掬ってくれる無骨な彼の手つきに際し、トクントクンと鼓動ばかり高鳴りを見せていた。
「全く…、いつも貴方は人の話を聞きませんね」
「…あ、なたに、い、言われたく、」
しかしながら、ここで得意の嫌味を吐き捨てて来るのがロボット男の真骨頂。
睨みつけようとすれば殊更、瞳からポロポロ零れる涙がもどかしさと苛立たしさの両方を増した。
「それなら、なぜ先に帰ったんですか」
「…別にっ、」
だけど彼がその手を離さず、頬を包む指先は涙の跡をツーっと優しくなぞる。
少しだけ靄(もや)の取れた視界が映すのは、息がかかるほどに近いロボット男の端正な顔であった。