戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
それどこか今さらすぎる尋問にも困惑させられ、最早この男のペースであることが明確な今はふいと目を逸らしてしまう。
「別にとは、どういう意味で?」
「放っておいてよ、…離して!」
「嫌です、離しません」
「…嫌い。もう、嫌…、専務なんか…、」
なおも続く無意味なだけの問い掛けは、温情イコール義務感だと分かるから苦しくて。
ここから逃げたいゆえに決定的な言葉を吐き捨てた刹那、涙が伝うその頬を包む力が俄かに増した。
「っ、ふ、ぅ…ん、っ」
同時に顔を僅かに上向きにされ、かの生ぬるい温度によって、最後の言葉の続きを紡ぐより早く塞がれた唇。
抵抗することもなく落とされた、その独特な温度と柔らかさに翻弄されながら封じられている。
下唇を挟むようにして離れた唇からリップ音が漏れると、その呆気なさに終始目を閉じることも出来なかった。
「――それ以上言えば、何度でも封じますよ」
「っ、さいて…い!」
「ええ、そうでしょう――信頼して頂くには時間が必要とは分かっていますが、その言葉はやはり堪えますね…。
ただし、怜葉さんもでしょう?…自由すぎる貴方も大概ひどい人だ」
吐息の感じる距離など構うより、まさに予想通りであった口封じの惨めさで顔を顰めたものの。
反論するでも肯定するでもなく。対峙する専務の声は、どこか切ない色へと変わっていた。