戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
ひとたび甘い蜜を吸ってしまうと、それを拒むには相応の抑止力がなければならない。
なぜ身体のすべてを晒してしまえていても、心の奥底の本音だけは見せられないのだろう?
素直になりたいと願えば願うほど、それと対局する方へ現実が向かってゆくからひどく滑稽なもの。
まして本命の朱莉さんがいることを知っていながらの行為は、許されるものでなくて。
それでも続く甘い口づけに必死で酔いしれているのは、虚しい現実へ戻らなくて済むから。
そんな逃避思考もアッサリ遮ってしまうのは、今までキスをしていた張本人という悲しい事実。
そうして唇を濡らし合っていた透明な銀糸さえ、深く熱いそのキスを終えればぷつりと途絶える材料となる。
小さく肩で呼吸をした刹那。“もう一度”の合図を知らしめるように、すっかり気の抜けていた私の身体をさぐる男に苦しさを覚えた。
「はぁ…、ん、ちょっ」
易々と唇から瞬時に移った熱の迸り先はまたもや潤い始め、彼の指さえ簡単に侵入を許してしまうから悔しいもの。
もう貴方を充分すぎるほど感じたから――と口にする気力が失われていたのは。ソフトに落とされた、優しいキスのせいにさせて欲しい。
無言のままに蹂躙されるほど、虚しさ以上にまた身体の熱は上がってゆく。
ただ、どれだけ奥で繋がったとしても、彼の真意が見えることがないと分かった。
こうしてこの男を受け入れるほど愛しさばかりが増して、通わない心の距離だけが更に遠ざかるのだと…。