戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
パッチリ開いた眼が捉えたのは虚しいだけの事実であって、言うなれば“ヤリ逃げ”に近しいもので。
ただ、心のどこかで“こうなる”と分かっていたのか…、小さな溜め息とともにようやく電話に手を掛けることにした。
そして私が会社へ遅刻しないようにと、下手な温情を捨て切らない男に苛立たしさを覚えただけ。
セックスを終えてスイートへ置き去りにするのならば、いっそのこと最後まで冷たくあって欲しかった。
少なくとも、こんな風に今も思い出すほど引き摺ってしまう最悪な目覚めではなかったから。
ただ考えてみると、専務の腕の中で目覚めていた場合――それもまた気まずさを孕む起床となるのは間違いないが。
だだっ広いスイートで独り、床下へ散乱していたランジェリーやドレスを拾い上げるのも前者に負けず劣らず、ひどく惨めなものと声高に主張したい。
仕事に行くのも億劫と、仮病でズル休みデーを俄かに画策したが。変に真面目な私は、病気やよほどの理由がない限り、学生時代も学校を休まずに来た主義で。
結局のところ、社会人の義務というムチで奮起してシャワーを浴び、一度タクシーでマンションへ戻ると、昨晩のドレスから通勤着へ着替えて出社したという訳だ。
それから数時間、オフィスで馬車馬のように働く最中。
デスク上で待機する携帯電話が鳴るかもしれないと、またもや疲弊のタネを自ら増やしていた。
時おり光る着信ランプに導かれ、慌てて携帯画面をチェックすれば、それは友人からのメールやどうでも良いお知らせメルマガが届くばかり。
その度に溜め息を吐く自身が嫌になり、いっそのこと電源オフしよう、と妙案が浮かんだほど。