戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
すると携帯の着信を受けた由梨が、彼からの電話だと詫びを入れて通話し始め、路地裏の隅で立ち止まった私たち。
傍らで会話の邪魔にならないように、とキョロキョロしながらほぼ馴染みのない地に目を向けていた刹那、自らの目が捉えた人物に息を呑んでしまう。
「…え?」
「ん、どうした?」
「…あ、ううん。何でもない、よ」
通話中であった由梨にも届いてしまった、動揺と困惑が入り乱れるその声色が。
なぜだか自身の胸をなおのこと、グッと苦しめるものだから滑稽でしかない。
“ごめん”と片手で詫びるジェスチャーをした彼女に、ふるふる頭を振ればアルコールが体内を回流するようだ。
むろん徹夜になるという由梨の彼の優しい電話を、この負のオーラが邪魔する訳にいかない。
“大丈夫だから続けて”とさらなる笑顔で頷けば、再度おそるおそるソチラへ眼を向けることにした。
世の中には自分に似ている人が3人いるそうだから、単なる人違いであって欲しい――
半端な酔っ払いの願いを打ち砕いたのは、大通りの反対車線でタクシーを待っている男の姿。
つい最近まで抱き合っていた男を見間違うなど、始めからあり得なかったというのに…。
どこまでもご都合主義な自身は、とてもその場から動けそうになかった。
どうしてなのよ…、どうして今ごろ…、今さらすぎる――こんな所で、元彼を見つけなければならないのだろう。