戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
確かに強く噛まれたと感じた時が何度かあって、痕が残っているのも朝のシャワー時点で確認済みであったというのに。
今の心理状態がなおのこと、専務とのセックスを悲しい行為へと変えてゆくから辛い――
「あつい…って、あれ」
さすがにのぼせそうになり、慌ててジャグジーから急いで出た。バスローブを身にまとって、ミネラルウォーターを飲もうとリビングへ向かう。
だけどもその途中で、点けた覚えのないフロアの電気が煌々とついていたため。
それに引きつけられるように、パタパタとスリッパ音を鳴らしながら走っていた。
このセキュリティ万全の超高級マンションにおいて、私が部屋の電気をほぼ点けないことを咎めるのはもちろん。
たったひとりであり、何よりも愛しい男しかいない――ワイシャツ姿の彼を捉えた瞬間、心が痛みと高揚感の両方が取り巻いた。
「――怜葉さん?」
「っ、な、んで…今日、くるの、よ…」
「なぜでしょうね――」
涙を我慢しきれず、嗚咽交じりの声音はひどく情けないものだった。
お尋ねに確かな答えは貰えなくても強がりさえ見せられず。引き離さない彼に安堵しながら、ワイシャツをキュッと掴んで離れられずにいた。
“頼って下さい”とか軽々しく言わないでよ――どうにも出来ない状況に陥ったら女は、それらに都合良く甘えてしまうのに…。