戸惑いの姫君と貴公子は、オフィスがお好き?【改訂版】
考えるには疲弊したオーバーヒート寸前の脳内で必死に、取り繕いでしかない嘘を紡ぎ出したが。
「誰とですか、」
「も…、元か」
いつになく冷たい声色が頭上から降り注ぎ、目も合わせられずに答えようとした刹那。
すべてを言い終えるより早く強引に顎を引き上げられ、すっかり憶えたゆるい温度の唇で塞がれる。
性急に封じられた唇は呼吸を求めているのに、それさえ許さないといった噛みつくような口づけが暫し続いた。
もう息苦しい、つらい限界――と口で言えない代わりに、自由な両手で彼の厚い胸を何度か叩いていれば。
いつしか舌の侵入まで許していた唇がようやく離れた瞬間、ゆるい温度の銀糸が互いの口元を濡らしていた。
「昨日の夜を忘れた、とは言わせませんよ」
唇あたりをそっと拭う真っ黒な瞳の彼に射抜かれる、あまりの羞恥心が頬を朱に染めた。
昨夜で終わりであった筈の甘い馴れ合いに、ひたすら後悔だけが押し寄せる――
だから簡単に涙を引き連れて来る、猜疑心の塊が頬を濡らしてしまうのだろう…。